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小説『朝霧』 二十七話

 

陽子は日記を読み終わって確信した。お母さんは正造さんのことを好きだったのだ。お爺さんが婿養子にこだわって、笹倉の家の勝巳さん、すなわち私のお父さんと無理矢理結びつけたのね。この日記は読んでないのね。読んでいたら私には見せないわね。おじさんに教えてあげなければ。
正ちゃんは悪くないのよ。早速メールを送る。(正ちゃん、お母さんは正ちゃんのことを好きだったのよ。だから悪くはないのよ)と送ったが戻って来てしまう。何度も繰り返していると朝になって陽子は一睡も出来なかった。どこに行ったのだろう? 最後のメールが不気味に思えた、自殺? そう考えるともう、心配で、心配で、陽子は春子に電話で「正造さんから、連絡はありましたか?」
「ないです」
事務所にも連絡はするのだが進展がない。陽子は学校に行くと出て行くが、春子の元に向かっていた。
「お母さん、正造さんが行く場所に心当たりは?」
春子は自分の意志とは、思いもしないことを口走っていた。
「最近は、東京の占い師の話で子供が生まれると、驚いていました。もう一度確かめたいと……」
それ、私と行った場所じゃないの、もしかして東京に?
「私、何か喋った?」と春子が怪訝な顔になるのだった。
「お母さん、私、探しに行きます」
「えー、一人で東京に? 大丈夫?」
「大丈夫です」
「お金あるの?」
財布を見る陽子。万札が二枚。すると春子がこれを使ってと正造がくれたカードを差し出した。
「いいのですか?」
「正造を探しに行くのに、かまわないよ」
「ありがとうございます」
陽子はほとんど手ぶらで電車に乗り込んだ。あの占い師に会いに行ったと思った。正造が自分の今後を知るために行くのでは? そう思い込んだ陽子の勘だった。
出て行った陽子を見送って、春子は、占い師? 東京? 何故喋ったの? 知らないのに? 不思議なことだ、と思うのだった。

長い、長い時間だった、新幹線が遅く感じた。東京に正造と行った時は時間が早かったのに、今日はもの凄く長く感じる。陽子の気持ちは焦っていた。長い時間乗っても名古屋、まだ二時間も。遠い〜〜。景色も何も見えない。眠ることにするが眠れない。東京駅に到着したのは夕方だった。急いで占い師の場所に向かう。足早に。
「あっ、あの人だ」陽子は占い師に出会えたことに安堵感を覚える。
「すみません、以前にここで見てもらった者ですが、その時、私と一緒だった男性来ましたか?」
無謀な質問だと思ったが、他の言葉がなかった。毎日沢山の人を占うのに、数ヶ月前のことを覚えているはずはないのだ。
「まずは料金をお支払いください」不思議に落ち着いた占い師が言う。そう言われて料金を手渡すと「あなたの旦那様は今、あなたと泊まった旅館にいます」
「えー、旦那様?」驚く陽子。
「旦那様ですか?」誰かと間違えてる?
「私のこと、覚えていますか?」
陽子は不思議に思いながら尋ねた。
「もちろんです、忘れるはずはありませんから」
水晶玉を見ながらそう言い放つ、占い師ショールを頭から被り、何か異次元の世界の人のように見える。
「何か? 違っていませんが?」と占い師がきっぱりと言う。
「この前は、そのようなことは聞いていません」
陽子は驚きのあまり、顔が上気していた。
「あの時に言うと、壊れたからです」
「結婚するのですか? 正ちゃんと……田宮さんと?」
「はい、仲良く過ごせますよ、お母さんの願いでもありますからね」
ますます驚きの表情の陽子。
「えーー、母のことがわかるのですか?」
「水晶が教えてくれます。お母さんもあなたの旦那さんに好意を持っていましたから」
「その通りです、凄いですね、何でもわかるのね」
陽子は急に嬉しくなってきた。正造に会える。そして結婚する。そう言われて、今までの不安な気持ちが吹き飛んだ。
「他に聞きたいことはありますか?」
「正ちゃんが無事なら……」
「大丈夫です。あなたが尋ねて旅館に行くから、待っていなさいと言いましたから」
「これ、チップです」
陽子は嬉しくなって万札を一枚差し出すのだった。
「ありがとう、サービスでもうひとつ、あなたの子供は三人です」
「嘘、先日、正ちゃんも私も二人だと」
「いいえ、一人はあなたの実家を継ぎます」
「えー、そんなことまでわかるの?」
またまた驚きの占いに驚愕する陽子。

「二人とも長生きしますよ、年の差は気にしなくて大丈夫よ」
陽子は晴れ々々とした表情に変わっていた。
「有難うございました」
「有難うございました」
「有難うございました」と深々とお辞儀を何度もして、占い師の元をあとにした。そこにはユッカの植木鉢があっただけだった。陽子以外の人には何も見えない世界が、そこにあったのだ。周りの人達が植木鉢に何度もお辞儀をする綺麗な女の子を、不思議な眼差しで見ていた。
注、青年の木、開運の木とも呼ばれて、寒さにも強く数多く栽培されている
陽子は新幹線(こだま)に乗って熱海に到着して、コンビニに飛び込んだ。顔は明るくなっていた。正造と結婚出来る喜びに溢れていた。着替えとか細々とした物を買う、財布から万札を出すと「あれ、まだ残っている」二万しか持ってなかったのに、不思議に思う陽子だった。
タクシーでこの前宿泊した高級旅館に向かう。必ず正造がいると信じていた。
「すみません、ここに田宮正造さんって、一人でお泊まりですか?」
フロントが調べて「お一人様のお客様は当旅館にはお泊まりいただけません」
「そうなのですか?」
肩を落とす陽子。占いは外れか。急に元気がなくなった。フロントが呼び止めて「桜井様ですか?」
「はい」
自分の名前を呼ばれて、急に元気になる陽子。
「お待ち致しておりました、あまりにお若い方だったので失礼しました。伺っております、お部屋でお待ちください」仲居が陽子を連れて部屋に案内した。
「こちらで、お待ちください、お連れ様がいらっしゃいましたら、ご案内致します」
部屋には誰もいなかった、正ちゃんはまだ来てない。でも、予約はしたのだ。占い師に私が向かうと言われて? しばらくして「お連れ様がお着きです」と扉を開けた。
「占いは当たったか?」急いで入り口に向かうと仲居より先に正造が入ってきた。抱きつく陽子。仲居は、軽く会釈をして立ち去った。
「正ちゃん! 心配したよ、どこに行っていたの?」陽子は泣き声だ、嬉しいのと安堵の涙が溢れている。
「陽子も占い師に言われて来たのだろう」
「そうよ、正ちゃんも行ったの?」
「不思議な占いだ、足が自然にあの地下街に向かって、占い師の前に立っていた、自分でもわからなかった」
「私たち結婚するんだって聞いたわ」
嬉しそうに言う、さきほどまでの涙は?
「そうらしいね! こんなお爺さんでいいの?」
大きく頷(うなづ)く陽子。
「子供も三人で一人は桜井の家を継ぐらしいわよ」
「私も同じことを聞いたよ」
「明日もう一度占い師のところに行きましょうか? 当たりすぎるから恐いわ」
「でもよく、あの占い師のところに行ったね」
「お母さんが、正造さんは東京の占い師の話をしていたとおっしゃったので、行こうと思ったのよ」
驚きながら、正造が言う。
「えー、母はその話は知らないと思うよ」
そして正造が不思議そうな顔をする。
「私は正ちゃんが自殺でもしないかと心配だったのよ」
「一時は落ち込んだよ、お母さんを殺したとお爺さんに言われてね」
「違うのよ、お母さんは正ちゃんのこと、好きだったのよ」
「えー、本当なの? 私のことをお母さんは知っていたの?」
驚く正造。そうだったのか。
「お母さんの日記に書いてあったわ、正ちゃんのこと」
「弘子さん、日記を書いていたの?」
「正ちゃんも書いていたでしょう」
「えー、何故知っているの? 読んだのか?」
陽子が微笑みながら、頷(うなづ)く。
「はい、お母さんへの思いを読ませていただきましたわ」
「恥ずかしいな」
照れる正造を見て陽子が「正ちゃん、今日は疲れたからお風呂に入ろうよ」
「それじゃあ、私が中で、陽子さんは外に入ってください」
「私も中に入るわ」
「じゃあ、私が外で」
「駄目、一緒に入らないと子供は出来ないわよ」
甘えた仕草で言う陽子。
「えーー!」
驚く正造、大胆な陽子になっていた。
「さあさあ、服を脱いで、正ちゃんも疲れたでしょう」
「はい、この何日かは疲れました」
「私が背中を流してあげますよ」
そう言いながら背広を脱がしてハンガーに。陽子もカーディガンを脱いでハンガーに。衣服を脱いで、先に露天風呂に行く正造。遅れて恥ずかしそうに来る陽子。タオルで隠しながら湯船に。二人は揃って外の露天風呂に入った。若々しい陽子の肉体、美しい乳房、細く締まったウエスト。シルエットで見るのと実際は格段の違いを感じる正造だった。長い黒髪を後ろに束ねて、バレッタで留めている。若々しい乳房を触る正造。
「あっ」抱き合う二人。キスをする二人。
「これよー」正造だけに聞こえた??????
「何か言った?」
「言えないわ、口が塞がっていたから」
「今、聞こえたでしょう?」
「何が?」
「これよー、って」
「聞こえなかったわ」
湯船で何度キスをしたのだろう。ベッドに向かう二人。陽子が初めて男性とSEXをする不安を正造は優しく、唇にキスから首、首から胸、胸から乳房に唇を這わして行く上手な愛撫。
「あっー」と吐息が漏れる陽子。長い時間を使って、優しく導く正造に陽子は蕩(とろ)ける気分で、二人は初めて結ばれた。幸せを感じる陽子と正造だった。
「どう? 恐かった?」
「少し痛かったけれど、よかったわ」
そう言うとまたキスをする陽子。幸せを感じていた。この正造と結婚するのだ。優しい正造。
二十年も話もしないで、見ることもなく思い続けてもらえる。そう思うと、嬉しい陽子……。
お食事処で贅沢な食事をして、好きなビールを飲んで、再び露天風呂に。今度は陽子が求めてきた、正造は最高の相性の良さを感じていた。陽子と二度目のSEXになった。そのあとは正造の腕枕で眠る、幸せいっぱいの陽子がいた。

翌日、占い師のところに行った二人は「あれ?」
「何もないね」
周りを見回す二人。側を通る人たちが二人を変な目で見る。
「植木しかない?」
「すみません、ここの占い師さん、知りませんか?」
近くのお店の人に尋ねる陽子。
「ここには占い師はいませんよ、三本目の筋を右に曲がった突き当たりですよ」
「あれ? おかしい?」
言われた場所に行ったが目的の占い師の姿はなかった。
「すみません、ここ以外に占い師のいる場所、知りませんか?」
しばらく考えて、占いのおばさんが思い出したように言った。
「あっ、わかった。亡霊だ」
その隣にいた占い師が同じように言った。
「そうです、時々現れるのです」
「その、向こうの植木の辺りには霊魂が住み易いのかな?」
「えー」
「本当ですか?」
二人は驚いたが、結果的には二人は結ばれた。弘子のこともわかった。
「もしかしたら、お母さんかもしれないね、亡霊は」
「私も今同じことを考えていたわ」
「墓も位牌も何もないから彷徨(さまよ)っているのかも?」
「帰ったらお爺さんに言って供養しないと駄目ね」
帰りの新幹線の中はとても親子には見えない。陽子が正造に抱きついて離れない。歳の離れたカップルそのものだった。
二人は正造の家に帰って春子と良造に「無事、帰りました。心配させてすみません」
「お母さん、私たち一緒になるのよ」
嬉しそうな陽子。片時も正造の腕を放さない。
「そうかい、探し当てたのだからね」
「私のお母さんが、会わせてくれたのよ」
「お母さんが?」
怪訝な顔の春子?
「不思議なことですよ、東京駅の地下に占いの場所があって、以前にも行ったのですが、今回も導かれるように私も陽子も行ったのです。すると、熱海の旅館に陽子が行くから予約して行きなさいと言われて向かったら会えたのです」
「私も同じです。正ちゃんが熱海の旅館に泊まるから行きなさいと。でもね、翌日、その場所に二人で行くと植木しかなかったのよ」
春子が嬉しそうな顔で「恐い話だけれど、結果的にはよかったじゃないか」
「近くの占いの人が時々、霊魂が現れると教えてくれたわ」
「最初に行った時も、恐いほど、当たっていたから、私も今後を知りたくて自然と足が向いていました」
「どのようなことを言われたの?」
春子が興味津々に尋ねた。
二人には結ばれた安堵感が心に漂っていた。
………

一方、陽子の自宅では、突然外泊の陽子を待ち構える直樹と俊子が怒りを露わにしていた。

 

 
 

 
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