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小説『朝霧』 二十四話

 

良造が春子に尋ねた。「この後の行動は?」
「夕方まで掃除とか模様替えをして、夕方、正造が送って行って自宅に戻る」
「凄い予言だね、二人のその後は?」
「もう男女の関係だから別れないわね」
「なるほど」
「陽子ちゃんには正造が初めての男だからね、正造が裏切らない限り絶対に別れないわね。正造には自分の理想の女性だからね、だって二十年も思い続けたから大事にするよ、二人はずっと仲良しだよ」
「お前の予言も凄いね」

「正造は慎重派だから、結婚はまだ先だね。でもあの二人の結婚は間違いないわ」
「まるで親子だよ」
「それを上手くやるのが夫婦だよ」
春子は近い将来の結婚の準備を心に描いて、微笑むのだった。
二人は明るい壁紙に張り替えて、昼飯を忘れて作業をしている。陽子の胸が正造の顔に当たることもあった。
「いゃーん、正ちゃん、わざとでしょう」
「違いますよ」
「私の裸見たから? 欲しくなったの?」
「絶対に違います、僕は子供には興味がありません」と言うと「嘘でしょう? 嘘でしょう? 子供じゃあないわよね」と迫ってくるのだった。
「大人の、綺麗な女性の身体ですよ」
「ほら、やっぱり、見ているんだ、正ちゃん、恐いわ」
二人の楽しい時間だった。夕方、陽子が帰ると言うので送るよと車で二人は帰って行った。それを実家から「ね、当たりでしょう」と自慢する春子だった。
桜井の家では、直樹と俊子が「お父さん、陽子も弘子のことを知ってしまったのでしょうかね」
「どこまでわかったのだろう?」
「結局、婿養子にこだわって勝巳さんと結びつけたけれど、実際は子供を二人とも失ってしまったわね」
「もう、随分前だったな、あの時のあれは誰だったかな?」
「忘れましたよ、警察に届けましたよね、大袈裟に話して」
「そうだった。あの人の人生を壊してしまったのかもしれないと思って後悔をしたよ」
「損害保険の男性だったわね。弘子も好きだったのには驚いたわね」
「慌てたな。もしも、あの時、あの青年と弘子が出会っていたら?」
「そう、二人は死ななかったわ」
「そうだよな。結果的には婿養子はないから嫁に出しても同じだったな。聡子まで死んでしまって、私たちは何をしてしまったのだろう?」
秋の夜空を縁側に座って眺めながら話していた。
「陽子はまだなのか?」
「もう帰ると思いますよ」

「いつの間に携帯を買ったのだ?」
「知りませんよ」
「持っていたよ」
「でも請求書、見たことないですよ」
「変だな? 男か?」
「携帯を買い与えて、通信代まで払ってくれる男性はなかなかいませんよ」
「高いのか?」
「高いですよ、まだ携帯持っている人、少ないですから」
「でも陽子は確かに持っていたよ」
その時「ただいま〜」と上機嫌で陽子が帰ってきた。縁側に廻って、二人を見て「月を見ているの?」
「陽子、夜は寒いだろう、その格好じゃあ」
「大丈夫よ、家まで送ってくれたから」
「えー」と驚きの声の二人。
しまった、やばい。陽子は学校の近くの友達の家に泊まったことにしていたのを忘れていた。
「そんなに遠くから送ってもらって、お茶も出さないで帰したのか?」
「いや、その、遅くなるからすぐに帰ったのよ」
「陽子! 男性?」
「違う、違う」と否定する陽子に、直樹が不意に尋ねた。
「陽子、携帯持っているだろう?」
「えー」
「持っているなら見せてみなさい」
躊躇すると「正直に言いなさい」俊子が言う。渋々バックから出す陽子。携帯を受け取った直樹が色々なボタンを押すと「陽子! これは? 正ちゃんって? 誰だ?」
「あの〜、携帯くれた人」
「何? 男だろう?」
困り顔の陽子、さきほどまでの上機嫌から一転困り顔になるのだ。写真がないのが救いだった。
「陽子、この携帯の通話料金は誰が払っているの?」
俊子が聞くと「この正ちゃんに決まっているだろう」直樹が怒ったように言う。
「そうなの?」
「携帯がないと困るだろうと借りているのよ」

「何に困るのだ」
「痴漢に襲われた時とか、色々あるでしょう」
「何故こんな高級な物をお前に貸すのだ!」
「保険会社の人だから、沢山あるのよ」
「笹倉の家に一緒に行った保険会社の男か?」
「そうよ、親切に色々探してくれたわ」
「お前が保険会社を使って両親を探すとは、わしも考えなかった」
「陽子、どこまで知っているの?」
不安顔の俊子に「すべてよ」
「すべて?」と直樹が不安な顔で聞く。
「言ってみて」
「構わないの?」
陽子は二人に自分の考えも交えて言う。
「私のお父さんは笹倉の勝巳さんで、婿養子に迎えられた。でも結婚式までに私が宿って、挙式が出来なかった。お父さんはセントラル旅行社に勤めていた。その会社で海外挙式のプランが出来た時、社内モニターの募集があって、お父さんはそれに申し込んだ。お母さんが美人だったから選ばれたのよ。それは安価で行くために韓国経由だった。お爺さんたちは飛行機が恐いのと、私の面倒を見るために行かなかった。それで両家から清巳さんと叔母さんの聡子さんが同行した。勝巳さんの友人、お母さんの友人の野々村さん、大山さん、笹倉さんと計十人くらいでね。でも飛行機は韓国に到着する前に消えたのね。事故? 拉致? 今も真相はわからない、
こんなところでしょう」
「……」
「……」二人は唖然としていた。完璧に当たっていたから。
「保険会社の人が調べたのか?」
「そうよ、二人で調べたのよ、田宮さんって親切で、頼りになるのよ。その連絡のために携帯を持っているのよ」
「保険会社に何の利益があるのだ」
「親切なだけよ、私が両親のことを知りたいと言ったから」
「陽子、若い人がよくそこまでお金があるね」
「若くないよ、社長さんだから」
「社長?」
「そうよ、お母さんより年上よ」

「陽子の恋人かと思ったよ」
「しかし、よく調べたな、感心するよ、お前のことが心配だったのと、一瞬で子供を失った苦しみで、内緒にしよう、陽子には両親は海外で元気に暮らしている、やがて戻ってくると教えていたのだよ」
「お爺さん達の悲しみはわかるわ」そう言われて、もう二人は涙、涙になっていた。孫娘が自分の両親の死を受け入れたことの安心感もあったのだった。陽子は二人を残して自分の部屋に行ってメールで、正造にさきほどのことを報告していた、正造から、よかった、これで隠しごとなく生活出来ると喜んでくれたのだった。直樹と俊子はしばし泣いて、昔を思い出していたが、突然、俊子が「お父さん、保険会社で思い出しましたよ」
「何を?」
「あそこの土手に来ていた人ですよ」
「誰だった?」
二人には遠い昔の些細な出来事だったから、記憶からは消えていた。
「警察に通報したでしょう?」
「ああ、そんなことがあったな」
「あの人、確か保険会社の人じゃあなかった?」
「そうだった、一流大学卒の一流企業だと警官が電話で言ったな」
「その人、田宮って云わなかった?」
「覚えてないよ」
「陽子がいった年齢だと当てはまるわ」
「でも、何故、二十年以上も昔の男がここに来るのだ?」
「陽子を呼んでもう少し詳しく聞いてみましょう」
二人はお風呂に入っている陽子が、湯から出てくるのを待っていた。
「陽子、話があるのだが」
「待ってよ、髪を乾かしてから」
鏡の前でドライヤーを持って長い髪を正造が乾かしてくれた情景を思い出していた。そして、含み笑いをするのだった。優しくて、真面目、二十年も一人の女性を思い続ける人。最高ねと微笑みながら居間に入ってきた。胸が見えそうな服で。
「まあ、何という姿なの?」と俊子が言うと「色っぽい?」と笑う。二人はもう孫娘が充分大人の女性に見えていた。
「陽子が世話になった保険屋さんのことを聞きたいのだけれど」
「田宮さん?」

「歳は?」
「四十五歳よ」
「結婚は?」
「してないわ」
「一度も」
「一度もしてないと言っていたわ」
「どこで会ったの?」
「ここ」
「この家?」驚く直樹と俊子。
「そうよ、玄関で会ったのよ、正確には玄関先ね」
「用事は?」
「お母さんに会いにきたのよ」
「えー」
「えーーー」顔色が変わる祖父母。二人が驚きの声をあげた。あの土手の男性だと確信した二人は、今度は弘子に似ている陽子に田宮がどこまで接触しているのかが心配になった。
陽子の頭には正造が大きく毎日広がって行く。このあたりで祖父母に打診をしてみよう、との考えが芽生えていたのだ。

 

 
 

 
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