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小説『朝霧』 十話

 

不思議な話だ。両親の写真もない。死んでいるのか。外国に住んでいても写真はあるだろうに何故? 祖父母が意図的に隠しているのだと正造は考えていた。気になるのは妹の聡子さんの存在までないのは何故? 昔の表札には確かに弘子、聡子と書いてあった。
「今回の東京で何か手がかりが見つかるといいね」
「はい、おじさんにはお世話になりっぱなしで申し訳ありません。でも誰にも手伝ってもらえないから」
「よいのだよ、何かの役に立てばね。私も弘子さんと過ごしている錯覚に酔っているのかもしれないよ」
正造は懐かしそうな顔をする。
「私はお父さんだと思っているわ。おじさんは私をお母さんだと思っているのね」
暫しの沈黙の後
「今日は、夕方に到着するから、はとバスにでも乗って東京タワーに行くかな」
「はとバスって?」
「東京の町の名所を案内してくれるバスだよ」
「面白そうね、行きましょう、楽しみだわ」
夜行バスで往復することになっているなら、祖父母の手前、昨日の夜から出てきたのか?だとしたら、夕べはどこに泊まったのだろう? そう思って聞く。
「昨日はどこに泊まったの?」
「家よ、どうしたの?」
「夜行バスで行くのでしょう」
「お爺さん達よくわかっていないから、適当に話したの、 例の勝巳さんの名前を聞いたら、私の話も聞かないで行ってきなさいって」
笑ったが、正造は気になって「勝巳さんって、聞いたことないの?」
「先日の病院が初めてだったわ、お爺さん慌てていたわ、笹倉のお婆さん、少し痴呆になっているから、知らずに喋ったのかも?」
「そうなのだ」
「多分、甥っ子だと思うわ、呼び捨てだったわ」
「子供か甥っ子だね、多分」
「でも一度も見たことも聞いたこともないわ、勝巳さんと云う名前はね」
二人は色々な話をしながら東京に向かっていた。
「おじさんはお母さんのどこが好きだったの?」
そう聞かれて、言葉に詰まった正造だった。性格はわからない、が正しいのだ。趣味もわからない。唯一、好きな芸能人は知っている、その俳優兼歌手は今も活躍している。他に何を知っているのだ? 何も知らない、が正しかった。話をする前に終わっていたから。正造は咄嗟にその俳優の名前を言って誤魔化した。

「そうなのね、お母さんの好きな俳優さんなのね、おじさんより年上?」
「同じくらいじゃあないかな」
「二人でコンサートでも行ったの?」
恐ろしい質問だ。間違えてコンサートのチケットを七十歳のお婆さんに送ったとは言えない。苦笑いの正造に「わかった。誘って断られた。図星ね」そう言って微笑んだ。
「当たりです」
「何故なのかな? おじさんといたら楽しいのに。そうか、もう既にお父さんと交際していたんだわ。だから断ったんだわ。おじさんが最初なら断らないわよね、きっと」
そう言って自分で納得していた。車内販売のワゴンがきたので遅い昼食のお弁当を買った。
夜食べられないと困るから、量の少ない浜松のウナギ弁当にする。
「昼からうなぎ、嬉しいな」
「うなぎ好きなの?」
「はい、好物です」
早速食べ始める陽子。好物と言う筈だ、食べるのが早い。すぐに「ごちそうさま、美味しかったわ」と言ってお茶を飲むのだった。
「でも三人とも会えないとは、予想していなかったね」
「本当ね、おじさんが教えてくれた情報が間違ってた?」
「大丈夫だよ、学校に確認したから」
「そうよね、学校の名簿だから、間違いなく在籍中の住所ですよね」
「二十年は長いのだね」
「そうですよ、私は影も形もなかったからね」
そう言って笑う笑顔は、青春ど真ん中の若さに溢れていた。
楽しい新幹線の旅も品川を過ぎて大都会に。
「凄いね、ビルだわ! これが東京ね。田舎と違うわね」と窓の外の景色に圧倒される陽子だ。
「東京駅の中のホテルだから、先に部屋に荷物を置いてから、はとバスに行こう」
「はい、駅の中のホテルって便利ね、でも高い?」
「もう古いから安いよ、うるさいかもしれないけどね、電車の音でね」
「でも高いでしょう? 二部屋だから」
気を使いながら言う陽子、人の多さに思わず手を繋ぐ陽子、正造は嬉しい感覚を抱くのだった。正直、東京まで来なくてもよかったと正造は思っていたが、陽子は母弘子の友達に会って、母のこと、そしてあるであろう、写真を見たかった。沢山の写真があれば、もらえたら一枚でも欲しかった。今でも正造にもらった白黒の写真を定期入れに忍ばせていたのだから。

古ぼけたホテルだが格式はある。今年いっぱいでリニューアルすると、フロントに書いてあった。
部屋に入っても電車の音が聞こえる。テレビを見ると、雨台風が名古屋を直撃と報じていた。明日は帰れるのか? 風は強くなさそうだった。東京の明日の天気は夜から雨の予報になっていた。荷物を小さな部屋の片隅に置いてフロントに向かう正造。既にフロントで陽子は待っていた。週末の駅は観光客らしき人達が大勢いた。手を繋いで丸の内のはとバスの切符売り場に向かう。まだ夏の太陽がビルの谷間に見え隠れしていた。
東京タワーと一流ホテルのバイキングのコース。
「これにしようか?」とパネルを指さす正造。
「一流ホテルでお食事、素晴らしいな。楽しみだわ」
切符を買って、バスの時間まで地下街で過ごす二人。地下の片隅に占いのコーナーがあって、有名な占い師なのだろうか? 陽子が「あの人、雑誌に出ていた気がするわ、見てもらおうかな」と言いだした。本当は知らなかったが、母のことが聞きたかった。
「当たるのかな?」と正造が言うと「試してみるわ」そう言って椅子にさっさと座ってしまう。占い代を払っていきなり「お父さんと一緒に聞いてもいい?」と陽子が尋ねると、占い師は「この方はお父さんではないでしょう、あなたの人生に深い関わりを持った人です」と言ったので二人は顔を見合わせて一瞬凍ったのだ。
「凄いですね、当たりです」としか陽子は言えなかった。確かに顔は似ていないから親子に見えなくても仕方がないのだが、次の言葉で二人はもっとびっくりした。
「この男性は、あなたの人生に大きな影響のある人で、あなたのお母さんの人生も変えた人です」
神秘的な話し方だ。
「えー、人相だけでわかるの?」
「この水晶玉が教えてくれます」
そう言われて驚く二人。
「あなたは学生さんね」
「はい」
「東京の人ではないですね、関西、それも大阪より西ですね」
「当たりです」
陽子も正造も段々恐ろしくなってきた。
「何が聞きたいか、当てましょうか?」

「はい」
「人探しでしょう」
二人はまたまたびっくりするのだった。
「見つかりますか?」
「残念ですが、見つかりません」
「二人には水難の相が出ていますよ、気をつけてください」
「水難?」
「何だろう?」
陽子はあまりに当たるので「探し人には、将来会えますか?」と質問した。
すると、水晶玉を触りながら「それは答えられません」と言うのだった。
「何故です?」
「知ってしまうと二人の未来に影響があるので、今は申せません」と意味不明の答えだった。
「何故?」
「それは後々わかるでしょう、今は駄目です」ときっぱりと言うのだった。
「じゃあ、私、子供を何人生みますか?」
手のひらを見て「二人、男と女です」
「いつ頃ですか?」
「早い時期ですね」
「えー、何歳?」
「二十五歳には二人の子持ちです」
そう言われて驚く陽子。
「早ーい」
凄い話に正造が「私も見てもらおう」そう言ってお金を差し出した。
「二人一緒に占いましょうか?」
「いえ、別々で。仕事とか将来を」
「仕事は順調です、結婚もします」
「えー、本当ですか?」
「子供も生まれます」
「嘘でしょう?」
「本当です、手を見せてください」
占い師は手のひらを見て
「間違いないです、二人出来ます」

「えーー」
二人は占いに驚いていた。ただ、探している人には会える、会えない、を言わなかったのは気掛かりだった。

占いの不思議さを感じていた。
「おじさんも結婚するのね。二人も子供が生まれるらしいわね。私も二人だって。男と女の子だって」
「二十五歳で二人の子持ちだって言われていたね、学生結婚?」
「駄目よ、そんなことをしたら、祖父に殺されちゃうわ」
「じゃあ、占いは外れだね」
そう言って二人は笑うのだったが、頭には占い師に言われた言葉が残っていた。

 

 
 

 
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